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小島直記『日本策士伝』

明治・大正期の異常人物がたくさん出てきて楽しいが、やはりその中でも異常人物のチャンピオンは杉山茂丸である。

「君には今お会いしたばかりであるが、実は必要にせまられていることがあるので、やむをえず二〇〇円の金が借りたい。 承知か、不承知か、簡単に返事をしていただきたい」

 佐々はびっくりする。

 「僕はスカンピンに窮している。 君の要求には応じがたい」

 茂丸は、深くうなずく。

 「それならば、 あそこにかかっている軸をくれませんか?」 それは藤田東湖の「三たび死を決して死せず」 という石だ。    「よろしい。 さしあげよう。 お持ちなさい」 

 自らおろして茂丸にわたした。茂丸は、礼をのべると同時に、それをバリバリと引き裂いてしまった。 佐々は色をなした。

 「人が壁にかけ、三唱して楽しんでいる掛け物をもろうて、それを引き裂いて立ち去ろうとする。 どういうつもりだ?」

 「さっきから目ざわりでならぬから、もろうて引き裂いたのじゃ」 

 「何が目ざわりになる?」

 「君を見そこのうたことが、この掛け物でわかったからだ」

「どういうことだ?」

茂丸は言った。男子の決すべき死は一回限りのはず。 二回も三回もあるべきはずのものではない。藤田東湖は水戸の士であったかもしれぬ。 しかし三たび死を決して死ぬことができず、安政地震で圧死した。その程度の男の書いたものを仰々しく壁にかけて三拝九拝、朝夕これを三唱するごとき君なればこそ、西南の役で死にそこなっても恥とせず、懲役にまでいってわずかに余生を保っている。

「そんな男に自分の志をのべたのを深く後悔したから、掛け軸を引き裂いたのだ。異議があるならいいたまえ」

 佐々は腕を組み、しばらく考えた。 そして深くうなずいた。

 「もっともの議論だ。僕は今、君にむかって死生のことを論ずまい。君はどこに泊まっておられるか?」

 翌朝、佐々は宿屋にやって来た。

 「昨日、君と別れてから、どうしても君に必要の金を貸したくてたまらぬ。 いろいろ策の工夫をしてみたが、落ちこむだけ落ちこんだ貧乏のドンであるから、どうしてもできぬ。一晩中かけ回ってやっと一〇〇円こしらえた。

こうして借り出した金を手に伊藤博文を殺そうとして面会し、説諭されて暗殺を思いとどまり、テロリストから政治浪人の道に転ずるのである。異常としか言いようがない。楽しい。

ところで、歴史上の異常人物エピソードを読むのは楽しいのだが、異常人物が活躍してしまう時代というのはやはり不安定な時代なのであって、才覚も勇気もない一凡人としては、あまりそういう時代に生きたくないなと思ってしまう。ドントトラスト歴史好き。次は松沢裕作『生きづらい明治社会』を読んで異常エピソードの解毒をしようと思う。